高木錬太郎オフィシャルサイト 立憲民主党衆議院議員

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プロフィール

経 歴

1972
(昭和47年)
7月21日、高知県四万十市(旧中村市)で生まれる。中学校まで四万十川のそばで育つ。
1991年
(平成3年)
私立土佐高等学校を卒業。部活はサッカー部。小学校からずっとサッカー部。ポジションはずっとGK。当時憧れだったのが、西ドイツ代表のシューマッハーと若林源三。
1995年
(平成7年)
3月、中央大学法学部政治学科卒業。サークル(軟式野球)とアルバイトに明け暮れる。サークルでは所属するリーグの代表を務め、他大学との交流は今でもとても良い思い出。勉学の方はと言うと・・・。
1995年
(平成7年)
4月、大手食品メーカー(株)ニチレイに入社。5年半、関東営業支社で営業を担当。社会人・営業マンのイロハを叩き込んでいただきました。
1998年
(平成10年)
8月、衆議院議員枝野幸男氏の著書「それでも政治は変えられる」を読み、感銘を受ける。もともとぼんやりとだが思っていた「政治家になりたい!」という思いに火がつき、枝野幸男大宮事務所を突然訪問。「私、政治家になりたいんですが!」と。その時応対したのが、当時枝野幸男公設第二秘書だった高木まり。以降会社勤めをしながら、ボランティアで枝野氏の地元活動を支援する。
2000年
(平成12年)
10月、(株)ニチレイを退職。
2000年
(平成12年)
11月、衆議院議員枝野幸男私設秘書となる。その後、公設第一秘書を経て、2007年年
(平成19年)1月、埼玉県議会議員選挙に挑戦するため秘書を退職。
2007年
(平成19年)
4月、埼玉県議会議員選挙に挑戦。選挙区はさいたま市中央区(旧与野市)。結果は、当選者14,887票。私(当時は片山姓)13,128票。枝野幸男秘書時代からお世話になった皆さんを中心に多くの支援者に応援していただくも1,759票差で落選。苦汁をなめる。
2007年
(平成19年)
11月、双子が生まれる。その時2歳になっていた長女のことも含め、育児・家事が超多忙となる。
2008年
(平成20年)
11月、当時、さいたま市議会議員であった妻と相談し、私が「主夫」となり、育児・家事の中心を担うこととする。ほぼ同時に、空いている時間を使って、妻の議員活動・政治活動をサポート。その後、妻が埼玉県議会議員に当選。妻の秘書として一貫して支えながら、育児・家事にも勤しむ「兼業主夫」を続ける。
2017年
(平成29年)
10月、立憲民主党を立ち上げた直後の枝野幸男代表より、第48回衆議院総選挙における立憲民主党比例代表北関東ブロックからの立候補の打診を受け、比例名簿6位での立候補を決意。国民有権者からの立憲民主党への大きなご期待を受け、北関東ブロックにおいても比例代表5議席を獲得し、髙木錬太郎、衆議院議員初当選。

プロフィール

身長・体重・血液型

174cm・75kg(メタボ注意報発令中)・O型

家族構成

妻(埼玉県議会議員高木まり)
長女(中1・吹奏楽部)
男の子の双子(小4・吹奏楽部をやりながら、長男はサッカー、次男はテニスも)

趣味

映画鑑賞
サッカー(プレーするのも観るのも。最近は長男のサッカー少年団の試合で審判も)
カラオケ(80年代の歌謡曲・演歌が特に好き)

好きな映画

「砂の器」(野村芳太郎監督)
「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督)
「柳生一族の陰謀」(深作欣二監督)
「金環食」(山本薩夫監督)
「ラストサムライ」(エドワード・ズウィック監督)
「ブラック・レイン」(リドリー・スコット監督)

息抜き

晩御飯を作ること(凝ったものは作れません。得意な料理はきんぴらごぼう。)
時代劇を観ること(中村吉右衛門版「鬼平犯科帳」の大ファン)

好きな曲

「山河」(五木ひろし)
「眦(まなじり)」(小椋佳)
「群青」(谷村新司)
「宙船」(中島みゆき)
「泣いてもいいんだよ」(ももいろクローバーZ)
「Happy Xmas(War Is Over)」(John Lennon)

好きな言葉

「忘己利他」
「和顔愛語」
「質実剛健」
「人は人に傷つく。けれど結局、人は人にいやされる」(山田洋次監督映画「学校Ⅱ」より)
「粗にして野だが卑ではない」
「経済成長に貢献している者だけが社会的成功者ではない。そして、経済的失敗者がそのまま道徳的敗北者ではない。」
「Knowing is doing something(やってみれば分かる)」

好きな政治家

石橋湛山

好きな食べ物

お米、納豆、味噌汁、豆腐、麺類、カレーライス、かつおのたたき

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